H20.11.23古谿荘(こけいそう)を見学しました。

古谿荘は富士川町岩渕に、幕末の動乱を生き抜いた土佐の田中光顕氏によって建築されました。
明治39年から3年の月日をかけて建築されたこの建物は、明治から昭和にかけて大勢の重要人物をもてなした迎賓館のような役割を果たしてきたそうです。
昭和11年に講談社社長の野間清治氏に譲られ、現在は、(財)野間文化財団が所有しています。
純和風の建築技法と、幕末から明治期に流入した西洋建築が合体し、見事な和洋折衷の建築物ですが、最近までその価値が見落とされていました。
全国的に、こういった和洋折衷の建物は、解体されてしまったものが多く、幸い残った古谿荘は、国の重要文化財に指定され、さらに、国宝に指定される可能性があるそうです。

11月23.24日に、一般公開されるということで、23日、技能者表彰と、シルバー人材センターのお祭りの後、見学に行きました。

16000坪の広大な敷地の中に、940坪のこれなたどでかい建物が建っています。



敷地内の図です。
広大です



建物もたくさんあり、それぞれが回廊で繋がっています。



入り口を入るとすぐに大きな石でできた陸橋をくぐります。



玄関横の窓から中がのぞけます。
お客さんはここを通って客間やそれぞれの部屋へ通されます。



玄関の前には車寄せがあります。
屋根の下に車を止めて雨に濡れずに中に入れます。
当時車寄せのある建物は珍しく、西洋の建築方式を取り入れた物です。



玄関から庭の階段を上って広い庭に出ると、見晴台から建物の中庭に出る通路があります。
この通路が最初に見た陸橋の上を通っています。



陸橋を上から見ています。



中庭に出ると回廊で琴や三味線のコンサートを開いていました。
音色は古谿荘の雰囲気にぴったりでした。



観客も大勢集まっていました。



ぶれてしまいましたが、建物の中には床の間がたくさんあり、仏像や掛け軸、屏風などがたくさん飾ってありました。



部屋の廻りはとても広い回廊となっていて、全面に畳が敷いてありました。
中が見られないのがとても残念です。



八角堂の手前から水が流れ出し、川になっています。
この水は、地下水をポンプでくみ上げているそうです。
お客さんが来たときに川ができるようです。



水があると子供たちは大喜びです。



八角堂です。
洋風建築でもめずらしい形をしています。



八角堂の一部は書斎になっています。
純洋風です。
ここでブログを書いたら素晴らしい文章が書けると思います。



竹林もあります。



川は敷地内を曲がりくねって流れていて、あちこちに飛び石があります。



川が蛇行しています。



ご丁寧に滝まであります。

広い敷地の中に贅を尽くした建物と回遊庭園、重文はもちろん、国宝に指定される価値は充分にあると思います。
個人の持ち物ですが、できる限り解放していただいて、岩本山、雁堤と繋いだ観光ルートが実現したら素晴らしいと思います。
富士川の私が再現できたら尚よろしいかと思います。

そう言えば、この建物には芝川の現新富士製紙から電気が引かれていて、電線は地中埋設されているそうです。
静岡県で一番最初に電灯が灯った建物だそうです。


前回は視察で見られず、今回は短時間の見学でした。
中に入ってみたいと思います。
次の機会を楽しみにしています。


by hiroshi-iwana | 2008-11-24 20:01 | 活動報告 | Trackback | Comments(0)
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